2016年10月21日

【高知】株式会社ニワトリノニワ

wanatori代表 池田司氏

http://niwatorinoniwa.com

 

ニワトリノニワについて

日本最後の清流四万十川の河口にある小高い丘の上にニワトリノニワの養鶏場はあります。近くに民家はなく自然豊かで動植物に囲まれています。そんな環境だけに獣が多く、昼は上空からタカが狙い、夜はハクビシン、タヌキなどが鶏を狙っています。これは放し飼いという飼育方法ならではのジレンマです。色々対策はとっているのもの、運悪くタカに襲われハラワタを食われた鶏の死骸を見ると放し飼いという飼い方は本当に鶏のための飼い方なのだろうかと悩んでしまいます。

 

 

 

 

 

 

 

代表メッセージ

水を差すようで心苦しいのですが私の正直な考えを述べます。

家畜を何となく擬人化して可哀そうとかいうのであれば、私はアニマルウェルフェアの理念に100%賛同しているとは言えません。鶏が幸せかどうかなんて人間である私にはほとんど分かりません。そもそも幸せとは何でしょうか?

お金をたくさん持つことが幸せな人もいれば健康なら幸せと思う人もいる。また例えば、幼い頃泥まみれで遊び大地の様々な雑菌に触れ、大小の病気に罹患し、その経験よってアレルギーを起こさない正常な免疫力を獲得するのが幸せなのか。或いは昨今の日本人のように無菌的に、まるでクリーンベンチの中のように清潔な環境でキレイにキレイに育てるがために自己免疫力が暴走し、たくさんのアレルギーを持って生きるのが幸せなのか。

人類は自分にとっての幸せすらきちんと定義できていないのだと思います。幸せの定義、快適の定義に万人(種)に共通するものはなく、また普遍性もないのではないでしょうか。だとすればアニマルウェルフェアの基本概念 “人も動物も満たされて生きる”の「満たされて」とはいったい何なのか、誰の定義・尺度なんだろうかと疑問に思えてきてしまいます。では何故私はこの会に参加しているのでしょうか。それは考え方や理念に多少疑問があっても目的とするところが同じだからです。その目的は放し飼い養鶏の普及ということです。

私が放し飼いという飼育方法にこだわって養鶏を始めたのは低迷する日本の食糧自給率を危惧したからです。自給率を上げるためには農業の大規模化を推し進めるか、あるいは農業人口を増加させねばならない。しかし農業の大規模化がもたらす暗い未来は容易に想像できます。人手を補う機械化、それによる化石燃料の消費、大気汚染、更に農薬による環境汚染、生態系の秩序崩壊等々・・・。

畜産で考えると農薬はワクチンや抗生物質漬けで飼育することに値します。病原菌に人工的な手段で抵抗すること。しかし病原菌はライフサイクルが早いが故に遺伝的な進化が早いのです。つまり耐性菌が発生しやすい。これでは毎年変異型インフルエンザに怯える我々人間の姿と同じではないですか。そんな危うい農業を未来に残すわけには行かない。

ところが宇宙が奇跡に奇跡を重ねて創造した生命は己の内に自己免疫力という素晴らしい能力を有している。鶏の場合、その能力を発揮させるのは、太陽の光・様々な微生物を含む土・温度変化のある環境、そして運動すること、即ち放し飼いという生産効率の悪い飼育方法であると考えたのです。

また、放し飼いは家畜の自由度を広げることでもありますが、外敵など命の危険をはらむ恐怖や少なからず雨風雪など荒々しい自然の変動に晒されることでもあります。これを単純に動物福祉と言ってしまって良いものでしょうか。

私なりの結論を述べます。人間の食料自給率の向上を目標とし、人間のために100年先も安定して残る養鶏を、と考えた場合、放し飼い養鶏がいいんじゃないか、と。従って理念が完全に同調しなくても放し飼い養鶏の普及という目的においてアニマルウェルフェアに賛同しているのです。

「AW現況と自主的3ヵ年改善計画書」